30日間チャレンジブログ

40代主婦が綴る小話。

そういう気分に浸るだけ

うちの宗教の説法というかお話会はそれなりに人気があります。

おそらく心理学に通じている人があらすじを考えているんだろうなと思うのですが、褒めて認めて自己肯定感を上げ、仮想敵を作って仲間意識を盛り上げて良心に訴えるという仕組みがバッチリです。

誰しもが「いいお話だったね、ありがたいね」とニコニコしながら帰途につきます。

その場で何かを売りつけることもなければ名前や連絡先を書くこともありません。一見さんウェルカム。

でも、それだけなんです。その先がない。

 

確かにいいお話です。世界中で聖典として何世紀も読み継がれているものは大体いいお話です。

内観とか愛とか平等とか許しとか尊敬とか、「それができれば人格者になれるだろうな」と思わせる内容ばかりなので聞くだけでいい人になれた気がするんです。

大半は家に帰る頃に内容を忘れます。ワークを実践し続ける人なんておそらく全体の10%にも満たないでしょう。

 

たとえば、エクスプレッシブライティング。

この名称こそ出しませんが、年に2,3回はこのトピックが出てきます。

「心配事や悩みをご先祖や神様にお伝えした後は、その内容をノートに書いておきましょう。数年後読み返した時、ほとんどが解決済みであると気づくはずです。あなたが見守られている証拠です、感謝をしましょう。」

いつもこれ。書き続けたその先の話をしてくれないんです。

ちなみにわたしが日記をつけ始めたのはメンタリストDaiGoさんの動画がきっかけなんですが、ちゃんと流れがあります。

悩みを書きまくることで自分の悩みを俯瞰でき、自分でコントロールできるものとできないものに分類できるようになります。

コントロールできるものは具体的な対策を練って解決しますし、コントロールできないものについてはレジリエンスやその他のスキルを身につけてスルーする必要があります。

 

自分で解決できた物事を振り返れば自信に繋がりますし、自分ではどうしようもなかった物事がいつの間にか片付いていれば「そんなに悩む必要なかったな」と次にエンカウントする困難に対して楽観的になれる。いずれにしろ強くなれる仕組みです。

また、その日に感謝できることを綴ることでお金の無駄遣いが減りますし、自分を大切にしてくれる人を悲しませたくないという思いも強まるため自分本位な思考もなくなります。

「このトラブルを乗り越えたら誰かに希望を与えられるかもしれない」という感情が湧くと、人は試練に強くなります。小さな試練をクリアし続けることでレベルアップし、仕事でステップアップして重い責任も担えるようになるのです。結果、人から信頼され大きな仕事を達成し収入もアップする、と。

 

実際わたしは昨年の年収が2年前より増えました。かなりスローペースですが、増えたことは間違いありません。しかも自惚れることがない。わたしに稼ぐセンスがあるからではなく本当に効果のあるメソッドをコツコツ続けた結果だと信じているので、自分を過信せずに済むんです。おかげで怪しい投資に手を出すこともありません。

 

人生の成功はこうやって積み上げるものだと思うのですが、宗教の説法だけじゃ積み上がらないんです。いつまでも初心者のまま、1段目で永遠に足踏みしてる感じ。

聞いてる方はラクです。何も変化しなくて良いのですから。成長した気分に浸るだけ。

本当にごく一部の人たちだけ、真剣に努力して大成してます。海外に多いのですが、桁外れの金持ちな上に性格もめちゃめちゃいい。潰れかけのレジャー施設をポンと買い取って低所得層の子供たちに格安で遊ばせてあげたり、高額医療費をポンと出して手術を受けさせたり。

真剣に努力した結果なんだろうなと思います。面白いことにそれらミリオネアは幹部など肩書を持ちません。責任者や支部長や本部長にはならず、目立たない立ち位置です。肩書のある人たちは清貧な生活をしており、人格者もいれば偽善者もいます(笑)。偽善者はただトークが上手いだけで実力がありません。

一般の信者の多くが目指すのは、この肩書きだけ立派な偽善者クラス。お喋りと世渡りだけ上手ければ肩書を貰えますし、上手くいけば宗教法人から給料が出ます。額は少ないけれど社会に出て働きたくない人はこちらを選びがち。

なのでお話を聞いてもその瞬間だけ満足してお終いなんですね。

 

わたしはそちらに流れたくありません。本質を磨きたいし、それに必要なお金は十二分に稼ぎたい。

夢を追うには遅すぎる年齢かもしれないけれど、諦めたらそこで終わっちゃいますもんね。

 

頑張って、足掻きます。

 

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