30日間チャレンジブログ

40代主婦が綴る小話。

認知的不協和理論

ゆうメンタルクリニックさんのネット記事を時折読みます。

心理学をユーモアを交えてコミカルに説明してくれるのが面白い。

今回読んだのは「認知的不協和理論」。

無料のアプリやサービスにやたらケチをつけてくる人がいる一方、たいしたことない有料サービスになると文句を言わずに納得する人がいます。

これは一体なぜなのか。

人はお金や時間など手間暇をかけたものに愛着が湧き、「自分がここまで尽くしたのだから良いものに違いない」と思い込むそうで、これを専門用語で認知的不協和理論と呼ぶそうです。

 

この思い込みから、わずかでもお金を払ったものに対しては「これにお金をかけた自分の目に狂いはない」というプライドが生じ、多少のことには目を瞑るんだとか。

 

確かに分かる気がします。毒母はまんまとその手に乗せられているひとりで、自分の宗教は完璧だと思い込んでいます。

中には意地悪な人だっているし、人を騙したり嘘つく人だって少なからずいるのですが、その存在を認めようとしません。

「うちの信者は全員正直だ!そんなのはアンタの思い込みだ!」で、終わり。

 

そうやって臭いものに蓋をする思考の信者が多いと、トラブルはどんどん水面下に追いやられ解決は遠くなります。

その様子を見たずる賢い人たちは多少の事ならお咎め無く済むと判断し、ちょこちょこ悪さをするわけです。

言葉巧みにお人好しなご婦人に近づき、事あるごとに食事代や旅行代をせびる夫婦とか、信者の中でネットワークビジネスの顧客づくりに励んだり、ノルマ達成のため生命保険の加入を勧める人などもいます。

 

みんな文句は言うものの、「うちの宗教に限ってトラブルなんてあり得ない」と思い込んでいるため幹部には伝えません。幹部は幹部で「そういう噂は聞くけれど誰も訴えてこないのだから、大したことではないのだろう。」と判断します。

なので、正義感あふれる信者が声を上げて幹部に訴えても「他の人も似たような目に遭っているようですが、誰も悪口をいいませんよ。あなたも広い心で許してあげてはどうですか。」と、まったく取り合ってくれない悲しい現実があります。

 

思うに、うちだけに限らずどこの宗教でもそうなんじゃないかな。

宗教だけでなく、学校や会社、サークルなどなど至る所で起きていそうです。

入学金をいっぱい払ったこの学校でいじめが起きるわけがない。

すごく苦労して入ったこの会社がブラックなわけない。

 

みんなそう思い込んで平和なフリをしてるんじゃないかなぁ。

怖いのは宗教でも学校でも会社でもない、脳にバイアスをかけていることに気づいていない自分自身なのかもしれません。

 

完全にバイアスを取り去るのは無理だけど、自分の首を絞めるような思い込みからは自由になりたいものです。

 

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