ネットの世界では叩いたり叩かれたりが日常茶飯事です。
どう見ても普通に楽しいちびっ子や動物の動画にさえ反論がつきます。
でも思い返してみると、わたしの周囲にもそういうタイプがチラホラいました。
ひとつは、わたし個人を集中的に叩く人。
わたしという人間が気に食わなくて、ファッションや言動やライフスタイルを事細かにチェックして粗探しをします。
毒母がまずこれで、あともう1人は宗教の婦人部の部長。
表向き「あなたのためを思って」と言いますがもちろんそんなわけはなく、単に自分の思い通りにコントロールしたいだけ。それが叶わないなら徹底的に批判して潰してやろうという魂胆です。
こういうタイプは敵を潰すのが目的なので「嫌なら見なきゃいいのに」は通用しません。
嫌だからこそ、相手の全てを把握して弱点を突きたい。戦争みたいなもんです。相手を自分の植民地にしたいだけ。単に負かすだけではなく、その土地の資源も自分のものにしたいという強欲なところまでそっくり。
もうひとつは、相手を問わず批判して自分を高めたいタイプ。
何の根拠も証拠もなく、相手の言うことに反論したいだけ。反論すると賢く見えると勘違いしている人にありがちな行動パターンだそうです。
宗教組織の幹部補佐の若い兄ちゃん達にこのタイプが多く、英語が喋れないのに「その単語の使い方はおかしい」と言ってきたり、ピアノが弾けないのに「その演奏は違う」とダメ出ししたりします。素直に感動すると負けだと信じ込んでいる厄介な性格。歪んでるんでしょうね。
批判しないと自尊心が保てないので、やはり「嫌なら見なければいい」が通用しません。そんなことしたら自信喪失してしまうんです。
ほっこり動画につくアンチコメもこの類だろうなと思います。
この両タイプに絡まれていた10数年前は本当にうざくてどうしようもなかったけれど、時が経つうち変化してきました。
婦人部の方は徐々に居場所がなくなり移転しましたし、幹部補佐もだんだん誰も相手にしなくなりました。
自分で自分の首を絞めた結果だと思っています。
今アンチコメに命をかけている人たちも、いずれ孤独を味わうことになると思います。周囲には誰もおらず、いても事務的な返事しか返ってこない。
それが嫌なら今から更生することをお勧めしますが、でもご安心ください。その孤独を埋めるべく、ピッタリのタイミングで宗教の勧誘を受けるでしょう。同じルートを辿った先輩が、鼻を効かせて似たような人を捕まえに行くんです。
まあ、せっかく新しい居場所を見つけても、叩き続ければまた孤独を味わうハメになるんですがね。
因果というか何というか、世の中というのは切ないものです。
感謝日記
勇気を出して1歩踏み出せた。
面倒な事務作業完了
歯の調子が徐々に回復