お医者様に診てもらったりジャーナリングをしたり本を読んだり、いろいろ試した効果なのか自分の過去とようやく向き合うことができるようになりました。
これまでは「父親にされたこと」「母親にされたこと」が別のフォルダに保存されていたのですが、最近やっと一直線上に記憶が並び時系列で考えられるようになり、物事を別の角度でみる新鮮さを味わっています。
出来事そのものはずっと記憶に残っているのですが、感情はあまり覚えていません。ほとぼりが覚めてから「うちは大丈夫。家もあるしわたしは学校に行けてるしご飯も食べれるし。」と、自分を納得させていたことはよく覚えています。きっと、そうしないとキャパオーバーになっていたからでしょう。
一方で、自分の安定に伴い蘇った感情もあります。
居酒屋で泥酔し客と殴り合いの喧嘩をした父親が明け方に帰り、血まみれのYシャツをリビングの椅子にかけたまま寝室で爆睡。朝、わたしが起きて真っ赤なシャツを見た時の衝撃と心のザワザワは今も鮮明に残っています。ついに人を殺めてしまったかと勘違いしたせいもあるのですが、母から「それならとっくに警察が来てるわよ。これはただの喧嘩。」と言われてもなおショックが解けなかったあたり、血で染まったシャツそのものが強すぎたのだと思います。
心の地盤がズレたのを感じましたが、母はケロッと「もうこれは捨てなくちゃ。はぁ〜、買ったばかりなのに勿体無い。」とゴミ袋へポイ。
この時にケアされなかったザワザワは今もどこかに影響している気がします。血を見たくらいでショックを受けちゃいけない、もっと慣れなくちゃという思いからグロ漫画や映画を見た時期もありましたがあまり面白くありませんでした。なんかこう、「これから気持ち悪いものを見せますよ」という演出で萎えちゃうというか。実際の血は普通の日常にいきなり割り込むものなのに。
心が底からグラリと揺れたあの感覚は、今でも思い出すと嫌な気持ちになります。もう味わいたくないなぁ。
生きづらさを感じたときは、このグラつきが原因かもと考えると自分を責めずに済むので幾らかラクになります。
そしてきっと、ショックを受けた当時のわたしにもケアが必要ですよね。いつかやらなきゃ。
少しずつですが、心を大切に思う気持ちが芽生えているのを感じます。