フェイシャルエステで、何気ない会話から親の話になってしまい心が沈んでしまいました。
仕事が溜まっているのに浮上まで約2時間も費やしてしまい焦りを感じたものの、「でもこんな調子で無理に仕事してもミスるだけよな。」と気持ちを切り替えゴロンと横に。
最近こんな時は救いのなかった高校時代の記憶が蘇ります。父親は週5で朝帰り、母親は若い男と長電話していたあの頃、周囲の大人はみんな見て見ぬ振りをしていました。助け合いをモットーに掲げているはずの宗教の仲間も誰一人その話題に触れなかったし、助け舟も出してくれない。当時はスクールカウンセラーもいませんでした。
何となく当時はバブルが弾けた事実を認めたくない心理が大人たちの間にあったのかもしれません。「何もかも上手く行っている。」と、それこそバブルのような幻想を追い求め辛い現実にフタをする空気が漂っていたため、「アル中?そんなのあるわけない」「浮気?あるわけない」と、助けを求める手が振り払われていたようにも思えます。
その瞬間だけを切り取ると地獄の日々でしかないのですが、俯瞰してみるとその後に割と報われていたことを思い出しました。
翌年以降、ひょんなことがきっかけで遠出をする機会がやたらに増え、地元以外の友人があちこちにでき始めました。人生の選択肢に海外移住という項目が追加されたのもその頃です。当時の状況や土地柄を考えるとずいぶん突飛な夢でしたが、後に実現したことを思うとそれがわたしの救いになっていたと今になって感じます。
人生を点で見ると居た堪れないシーンは多くあるのですが、線で見るとそれなりに救われていました。
この考え方は効果がありそうです。心が晴れて無事に仕事は完了。
今苦しい思いをしている方々にも、線の上に救いがあることを願っています。