30日間チャレンジブログ

40代主婦が綴る小話。

過去の自分

Youtubeでつい見てしまったジャニー喜多川氏の被害体験について語られた動画。

興味本位というよりも、どこか仲間意識のような気持ちで再生してしまうことがあります。

見ている間、動画の内容を「見る」感覚から自分の意識が少し離れた場所へ行く感覚へ移行するのを感じます。手の指先と足先が空気に溶けて消えていくような、フワーッとした目眩が毎回起こります。

現実逃避できるこの感じに何度となく助けられてきましたが、この度は途中で「これマズイんじゃないか?」と疑問が湧き起こり、症状を検索&AIに相談。

やはり乖離症状でした。途中で立ち返ったのはおそらく、防衛反応が働いている記憶の自覚があるためと思われます。開けてはいけないパンドラの箱に手をかけようとすると、防衛反応が止めに入ってくれるのです。

そして、これまで好奇心が先立って過去の扉に手をかけることに気を取られてしまい、肝心の過去の自分をほったらかしにしていたことに気づきました。

幼少期からずっと、夜中に酔っ払った父親が風呂場で怒鳴るのが日常茶飯事でした。週4ペースくらいだったと思います。それをガチで真っ正面から言い返す母親。酔っ払いなんだから軽くあしらって早く寝かせればいいのに、なぜか毎回火に油を注ぐ発言をして怒鳴り合いを延長させるのです。

 

わたしは心臓をバクバクさせながら布団の中で丸くなっていました。起きているのがバレたら八つ当たりされます。というか、寝ていても無理矢理起こされて「お父さんの味方だと言え!」と詰め寄られたり、翌朝母親から「お母さんが怒鳴られてるのにアンタは助けに来ないなんて!冷たい子!」と𠮟られたり、寝てようが起きていようがロクな目に遭いません。両親の口論は、夜が明けたら最悪な1日になる合図でした。

その時の心臓の鼓動を思い出して過去の自分に「もう大丈夫。ここは安全だから。わたしはあなたの味方だから」と寄り添う。

一番大事なことなのに、すっかり怠っていました。

ここ最近、色々挑戦してもうまく進まないことが何度もありましたが、たぶんそれは「新たな一歩を踏み出す前にわたしを見て」という過去の自分のSOSだったのかもしれません。癒すべき心を置き去りにして先に進むと精神と身体がバラバラになってしまいます。これ以上は無理というくらい離れていたのかも。

前を向いて歩くのも大切ですが、今は少し立ち止まって過去の自分に寄り添いたいと思います。

過去の自分を守れるのはわたしだけ。

これを忘れていました。

どう大切にしたらいいのかまだピンときませんが、少しずつケアしていこう。