モラハラに関する内容なのですが、そこで衝撃の一言。
「傷つけられる関係の方が安心だったりしませんか?」
ぐさっときました。と同時に「そうだったのか!」というアハ体験も。頭の中で電球が10個くらいパパパパパパ!とついた感覚がありました。
両親が毒親の我が家は常に口論の絶えない家庭でした。父親は酒癖が非常に悪く、夜中に泥酔して帰宅するとうっぷんを喚き散らし、それを母親が喧嘩腰で鎮めるのが週4、5日。シラフでも口論しておりそれが週2日。要するにほぼ毎日揉めていたわけです。
物心ついた時からそんな生活だったので、稀に両親の仲が良い時は不気味で非常に焦りました。
こんなのわたしの家じゃない。うちはもっとギスギスしていなくちゃいけない。こんなの嘘くさい。
まぁ実際それは嘘の姿で、ものの5分ですぐギャーギャー騒ぎ始めます。なんというか、「仲の良い夫婦に憧れてやってみた」感がダダ漏れで上辺だけ繕っている印象でした。なので余計、荒れた状態に戻ると安堵していたのかもしれません。
そうそう、我が家はこうでなくちゃ。
家の中のみならず、外食をしても日帰りで遊園地へ行っても帰りはいつも口論か沈黙で、それがいつもの風景で、頭ではピーンと緊張の糸が張っているのに心のどこかでリラックスするという逆説を抱える日々。
そんな生い立ちのせいで、大人になっても意地悪なことを言われる方がホッとするし、愛されて優しくされると落ち着かない人間になってしまいました。
褒められても「この人は本当のわたしを知らない」と否定し、大切にされると「わたしがこんな扱いを受けて良いわけがない」と思う。
中野先生はそれを「赤信号」だと仰っていました。
そうだったんだ。あのザワザワと不自然な安心感は幼少期に植え付けられたものだったんだ。
そしてそれは間違い、赤信号。
この感覚を治すのはすごく難しいというお話しでしたが、わたしは何とか少しずつ回復しています。だからこそこの動画が刺さったし、自分の背景を客観的に理解できたのだと思います。
わたし、頑張ったなぁ。
まだまだ自分の感覚と世間一般の感覚には深い溝があると実感しました。きっと埋まることはないでしょう。ただ、わたしの場合「埋まらないんだ」と自覚することで物事の見え方がガラッと変わります。
この動画は大きな一歩になりました。出会えて良かった。作ってくださった皆さんに感謝です。