わたしから見るとスピリチュアルはもっと漠然とした概念のようなもので、宗教はもっと地に足がついた感じがします。
スピリチュアルは起源や教理を学ばずに、ダイレクトに自分の望みや欲求、悩みや不安と向き合って解消していく過程が多いですが、宗教はたいてい教理や歴史を学びます。新興宗教は違うのかもしれませんが、属したことがないので分かりません。
もしこれをスピリチュアルに当てはめるとどうなるか考えてみました。
よく「宇宙にオーダー」と言われますが、なぜ宇宙なのか?宇宙はどんな過程で人の願いを叶えるパワーを持つようになったのか?願いが現実になったとき、宇宙に感謝するべきなのか?感謝を受け取れるなら宇宙には性格があるのか?それは宗教で言う神様と何が違うのか?
こういうところを深掘りしていくのが宗教、しないのがスピリチュアルかなと思います。
願いを叶える対象よりもまず自分の心の声を聞くのがスピリチュアルですが、宗教はもっと世界が広く、自分のルーツを辿って先祖が積み上げてきたことを学んだり、人類史と神の関わりを学んで自然を大切にする心を養ったり、命の尊さを学ぶ流れで死についての理解を深めたり、自分の周囲の人の命の使い方や本能的に備わっている愛を探求したりします。
自分と世界と時の流れの繋がりから自分の生き方を考えるイメージでしょうか。
でも正直な話、そこまで純粋に信心してない信者もたくさんいます。ただのコミュニティと捉え、そこで目立とうとしたり仕切りたがったり、とにかく権力を持とうと躍起になる人たちも多いです。日本は海外よりその傾向が強いかな。優先順位が崩れてしまい組織の質が諸外国より下がった結果、信者が伸び悩んでいるのが現状です。
思うに、80年代に毒母の世代の多くが入信した頃、類は友を呼ぶの法則で似た気質の人が集まった結果なのでは。寄ってたかって目立つ子をいじめて排除し、自分たちにとって居心地の良い場所を作ったもののそこに正しい教理が浸透するはずもなく、嫌気がさした人たちがスピリチュアルという分野を作り上げてきた側面も時折見受けられます。その限りではないと思いますが。
でもスピリチュアルを信じる方々は心が柔らかく優しい方が多いですよね。
わたしのいる宗教について言えば、毒母世代の影響力はかなり弱まっています。年をとって発言に力がなくなっていますし、性格が悪くて相手にされなくなった人もいます。もちろん素晴らしい人格者もおり、そういう方々は70代、80代になっても若い方から尊敬され大切にされています。差が出ているんですね。
毒母は自分が組織で中心的な存在だと思い込んでいますが、肝心な情報が伝わっていないことも時折ありますので、おそらく薄っぺらい付き合いしかされていないと思います。
宗教組織に身も心も捧げるのは危険ですが、上手に付き合うとビジネスで良い繋がりが持てたり、少ない予算で海外移住が可能になったりします。具体的なメリットは宗教により異なりますが、真っ当な宗教ならいつでも止められますので、気軽に覗いてみても良いんじゃないかと思います。
まぁ中には止められない組織もあるようですが、それは宗教に限った話ではありませんよね。
スピリチュアルと宗教は別物ですが、いずれにしてもよく観察してから取り入れるのがおすすめです。