30日間チャレンジブログ

40代主婦が綴る小話。

感謝を忘れない

毒親からの解毒を日々進めています。

「これは躾だ、愛情だ」と言われていたことが実は言葉の虐待だったと今更理解し、当時感じることのできなかった怒りを、今になって受け止めています。

それはとても重要な心の作業なのですが、気をつけなければいけないこともあります。

親の虐待を生き延びると、自分ひとりでサバイバルしてきたような気がしてつい独りよがりになってしまうのです。

確かに私の状況を理解してくれる大人はいませんでした。母親の支配欲の強さを知りつつも見て見ないフリをしたり、酔った父親が近所で喚き散らしても、ご近所さんは知らんぷり。

それでも虐待とはまた別の部分で優しくしてくれた人はいるものです。

例えば小学校の担任の先生は、わたしの書いた作文の出来が良いからと県のコンクールに応募してくれました。まずわたしに了承を取り、母親に報告したのは入賞した後。その年の県の文集に載ることが決定してからです。

「うちの子にそんな文才はありませんけどねぇ」と嫌味っぽく言う母親に、先生は「僕はお母さんよりずっとたくさんの作文を読んできましたから。」とハッキリ言ってくれました。

何をやってもバカにされ続けていたわたしに、少しだけ自信を持たせてくれたこの出来事は今でも宝物のような思い出です。

似たような出来事が高校でもあり、そこでまた自分の文章を好きになれたのを覚えています。

 

先生方は毒母の虐待に気付いた訳でも止めてくれた訳でもありませんが、でもわたしに生きる力を与えてくれたのは確かです。

こう考えると、決してひとりで生き延びてきたわけではなく、たくさんの人の手によって何度も救われてきたんだと改めて感じます。

最近いろいろあってそれを忘れていました。

先生方へ、今更ですがありがとうと心の中で呼びかけました。