以前にも書いたと思うのですが、わたしは子供の頃、実父に胸をガッツリ触られたことがあります。
きっかけは毒母で、思春期の身体の変化で胸の形が変わってきたのを見るないなや、「どこかおかしいかもしれないから触って調べてくれ」と父親にわたしを突き出したのです。
当時12歳だったことを考えると、父親に触らせる毒母の感覚も、そして躊躇なく触る父親もちょっと理解できません。
そしてそれは、ものすごく嫌な記憶としてわたしの中に残っています。両親がわたしを心配する気持ちより遥かに不快感が勝っているのです。
メンタルクリニックの先生に相談したいものの、言葉を口から出す勇気がありません。
もしも「ご両親は子どもを心配するあまり、焦ってそんな行動に出たのでしょうね。」と言われたら…。そんな不安が拭いきれないのです。
それでも最近はその記憶がグルグルと頭を巡り具合が悪くなるのもしばしば。これは何かしないと、とネットを漁り、厚生省のメール相談窓口を発見。上記の内容をメールしました。
お返事は思ったよりも早く来ました。そして、「あなたが嫌だと感じていたのにそこまでされたのであれば、それは性的虐待と言えます。」とありました。
ああ、やっぱり。と、心の中にストンと落ちる感覚。
そして、これまで相談した様々な場所で言われていたのが「あなたが嫌だと感じたのであれば」だということに気がつきました。
わたしにはこの感覚がごっそり抜け落ちています。例え自分が嫌でも世間がそれを認めてくれなければ意味がないと今だに思っています。
世間と言うか、子供の頃は毒母が善悪の基準だったわけですが。
そこを根底から変えなければ堂々巡りです。自分の全ての嫌な記憶に対して、いちいち誰かにジャッジしてもらわないと先に進めない人間になってしまう。
もしかすると日本にそのような感覚が蔓延しているのかもしれません。自分の気持ちを押し通すことは我儘とみなされ、マジョリティの感覚や意見に自分を合わせるよう圧力をかけられる。
今はそうじゃないし、そんな常識はきっと変えていかなければならない。
今回相談させていただいて、これまでと違う感覚を味わえました。
一歩成長できたのでしょうか。ありがたいことです。