30日間チャレンジブログ

40代主婦が綴る小話。

恋するグランマ

人気のない平日に仕事をしていたら、年配のご婦人がニコニコとこちらへやってきました。

「こんにちは。今日は天気がいいわね。近いから歩いてきたわ。」

小柄でほっそりとした、でも足腰はピンとしているその女性は見たところ70歳くらいでしょうか。

お散歩を兼ねたお買い物のようで、時間にも余裕がある様子です。

わたしもちょうど業務がひと段落したところですし、少しおしゃべりにお付き合いしようと手を止めました。

「今日は暑いから、お近くでもここまで歩くのは大変だったでしょう?」

「そうね、でもこれくらい運動した方がいいのよ。着いてすぐにアイスコーヒーを飲んだし、もう大丈夫。それにね、うふふ。」

彼女は小さく肩をすくめ含み笑いをしたあと、顔を近づけひそひそ声でこう言いました。

「わたしね、ここに好きな人がいるの。」

 

…………。

 

さすがに一瞬目が点に。
個性的なお客様がわりと多いこの職場ですが、70代の恋バナを聞かされるのは初めてです。

「ここ…というのは、ここで働いてる人…ですか?」

「そうよ。ここ。」

差し出された紙袋には、大きく印刷されたブランドのロゴ。

20〜30代向けのエリアに入っている人気のお店です。と、いうことは。

「その方ね、たぶん30そこそこだと思うの。とっても優しいのよ。」

 

思わず「年齢差…!」が頭によぎりましたけど、少女のように微笑む彼女を見たら、そんなことは野暮だなあと悟ります。

いいですよね、トキメキを感じるくらい。

 

「その方もね、わたしが70過ぎのおばあちゃんなのはたぶん分かっていると思うのよ。」

 

いや、そりゃあ確実に分かるでしょうけど、この方きっと気持ちがお若いんでしょうね。

どこをどう頑張っても40代には見えないけれど、でも小花柄の刺繍が施されたシフォン素材のブラウスとスカート、足元はゴールドのラメが入ったストッキングで精一杯彼女なりのオシャレを楽しんでいるのが伝わってきます。

お出かけ前に鏡を見たら、いつもより少し若い自分の姿が映っていたのでしょう。

 

「家には主人がいるけれど、そこはまぁ、長く一緒に過ごしてきた情もあるし世話もしてやんなきゃいけないから、もう仕方がないじゃない。

だからこういう所へ来て、何があるってわけじゃないけど、トキメキを感じてパワーを貰いたいなぁって。それだけなの。」

 

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旦那さんの存在が限りなく惰性ですけど、いろんな出来事を乗り越えるとこうなっちゃう気持ちは分かります。

こういうシーンで「そんなこと言っちゃダメよ!旦那さんには感謝しなくちゃね。」などと説教をかますおせっかいBBAが時折いますけど、あれイケてないですよねぇ。

人の恋路なんてものは、黙って横目でチラ見してるぐらいがちょうどいいんです。

「AさんとB君が一緒に帰ってた!職場でああいう行動はどうかと思うわ!」って鼻息荒く騒ぐ輩はいつの時代もいるものですが、そんな騒いだってどうにもならないじゃん。

そのままゴールインしようが破局しようが、あなたの人生にはかすりもしませんよと本当は言ってやりたいところです。言えないビビリだからここに書いてるんだけど。

 

あの恋するグランマは、他人のうわさ話なんか気にも留めていないことでしょう。

そんな暇があったらメイクやお洋服選びに時間を使って自分磨きをした方がいいと考えているはずだし、悪口に花が咲く井戸端会議よりも憧れの店員さんに会いたい気持ちが勝るはず。

健康的でいいですよね。お肌のハリも蘇りそうです。

 

恋をしているのももちろんステキなんだけど、それを変に言い訳せずストレートに「好きな人がいる」って言えるのもまたステキ。

周囲の目を気にするあまり「ここのブランドの服が身体に合ってる」みたいな言い訳をしてお茶を濁すパターンがほとんどじゃないかと思います。もしくは、「いい年してみっともない」などと考えて、恋そのものを否定しちゃうとかね。

たしかに思い込みの激しすぎる片思いはちょっと痛々しいけれど、バランスが取れていれば恥ずかしいことでも何でもないと思うんだけどな。

きっとあのグランマだって、しあわせなひとときを過ごして家に帰ったら、キリッとエプロン締めていそいそと夕飯を作ることでしょう。

それくらいが、ちょうどいい。

「今日はあの人に会えるかもしれない」と、期待を込めていつもより丁寧にお化粧をするくらいが生活にハリが出て楽しくなるというものです。

 

「その方ね、とっても優しいのよ。お買い物した服を入れる紙袋も、別にさっさと入れてくれて構わないのに、”大きい袋をご用意しましょうか?”ってわざわざ聞いてくれるの。いいわよねぇ。」

そんな小さな気遣いを、ただのサービスだと思うのではなく優しさと捉えてキュンキュンしている様子もなんだか微笑ましい。

 

ピュアなお方だなあとホッコリしていたら、去り際にグランマはこう言いました。

「ちょっと前までは背の高いハンサムな店員さんがいてその人も良かったんだけど転勤しちゃったのよね。今度の方はそれほど背が高いわけじゃないけど、でも優しくて良かったわ。じゃあね。」

 

わたしが思うほどグランマはピュアではないらしい。

推しというか恋というか、なかなかの達人です。

 

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