30日間チャレンジブログ

40代主婦が綴る小話。

火の鳥

わたしが初めて読んだ手塚作品は「火の鳥」です。
友達からギリシャ・ローマ編を借りて読んだのがきっかけ。

可愛くて愛らしい絵柄に魅了されあっという間に読み切ってしまい、他のシリーズにも俄然興味が湧いたのですが、火の鳥全巻を取り扱う本屋さんは我が家の近所にはありませんでした。

 

そんな折、ふらりと入った学校の図書館で整然と棚に並ぶ火の鳥全巻を目にしたのです。

当時わたしは中学2年生で、休み時間といえばたいていはクラスメイトと鬼ごっこや缶蹴りで盛り上がっていたのですが、その日はなぜか足が図書館に向きました。いつもの鬼ごっこメンバーが部活の試合か何かで公休だったのかもしれません。

 

もともと本を読むのが好きで小学校時代はせっせと図書館で本を借りていたものですが、中学校に上がってからは体力を発散する方に興味が移っていました。

「そういえばこの学校の図書館に入ったことなかったな。」と思ったのを覚えています。

教室のある階からかなり離れていたせいか図書委員以外に生徒はおらず、シーンとしていたのが印象的でした。

開校したばかりの新しい学校だったことや、生徒があまり寄り付かない場所だったこともあり、そのピシッと並ぶ火の鳥は新品同様。カードを見ても誰かが借りた形跡はなし。

宝物を見つけた気分でした。

さっそく黎明編から読み始めたわけですが、そこですぐにギリシャ・ローマ編と雰囲気が違うことに気づきます。

後で知ったのですが、異なる掲載誌で連載していたのですね。ギリシャ・ローマ編は少女漫画の扱いのようです。

哲学っぽいセリフが出てくることはほとんどなく、可憐で純粋な主人公を中心に展開する物語。反して、黎明編はいきなり重いし人の生死がまざまざと描かれているし戦うし何ならちょっとグロい。

でもほら、中学2年生ですから中二病まっさかりじゃないですか。

お約束の少女漫画的展開にちょっと飽きが来ているこの年齢に、黎明編は思いっきりツボでした。

生きるとは。死ぬとは。命とは。

他の人の命を奪ってでも生きようとする人間もいれば、他の人の命を守るために自分を犠牲にする人間もいる。

そんな生命の原点とも言えるような黎明編から始まり、未来編や復活編では、宇宙の生命体やアンドロイドなど、人間ではないものの命にもフォーカスされます。

命と感情はイコールではないのか。

命を持たないロボットが人間より優しい感情を抱く未来。

手塚治虫先生は壮大なテーマをこのシリーズで描きたかったようですが、もうどんどん深みを増してゆくんですよね。

中学生のわたしには、やや難解な部分もかなりありました。

カッコいいなと思ったのは、未来編のロックと猿田博士のやりとり。

その時代は社会のシステムをコンピュータが全て管理しているのですが、なんと戦争を開始するかどうかの判断までをそのコンピュータ、ハレルヤに委ねてしまうのです。

ハレルヤは戦争をするべきとの回答を出し、管理者のロックは悩みながらもハレルヤに従うという苦渋の決断を下します。

その知らせを聞いて猿田博士が飛び込んで来るのですが、割り切ってしまったロックは「ハレルヤが決めたことですからな。」とばっさり。納得できるない猿田博士は「なぜ人間が自分の頭で考えなかったんだ!」と食ってかかります。

 

このセリフ、今の時代にも刺さるものがありますよね。

 

自分の頭で考えることを止めてしまっている人の何と多いことか。

他人に従う方が楽だから?失敗した時に責任逃れができるから?

真意はわかりませんが、服装もヘアスタイルも誰かの真似、休日に行く場所もインスタで人気のある場所、進学先も就職先も、自分より親や先生の意向を優先…。

その選択に大きなハズレはないかもしれないけど、果たしてベストと言えるのか?

 

自分の命の使い方を自分で決定する。この強いテーマが太陽編へと受け継がれます。

過去と未来を行き来しながら、己の使命を全うする男女が最後の最後で結ばれる太陽編がシリーズの中でいちばん好きです。そういうファンは多いようですね。

 

手塚作品の中では、誰になんと言われようと自分の決意や意志を貫く少しおてんばなヒロインがよく登場します。太陽編のヨドミもそのひとり。賢くて強くて美しくて、周囲に流されることなく勇気のある決断をし、まわりが敵だらけになっても味方がいなくても折れない心を持っています。

すごく魅力的なキャラクターですが、漫画の中で彼女の魅力に気付くのは主人公のスグルくらいしかいない。
孤立無援でも自分を変えないヨドミの姿勢に憧れたものです。

現実でもそうかもしれませんね。ひとりでも全然平気な女の子は、クラスの女子グループからヒソヒソと噂されたりイジメられたりすることもあったりします。

 

実は、それからすっかり火の鳥の虜になってしまったわたしは、全館読破するまで毎日図書室に通うようになりました。
それまで鬼ごっこをしていたグループは突然そこを抜けたわたしを良く思っていなかったようです。でも、そんなのへっちゃらでした。火の鳥の魅力に比べたら、友達から変わり者呼ばわりされるくらいどうってことありませんでした。

 

今でも時々懐かしくなります。
大人になってから読むと、考察も印象も変化していると思います。
テーマが重すぎて引きずってしまいそうで、なかなか手を出せずにいるのですけど。

 

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